氷河期世代サラリーマンが脱サラして漫画家になるまで その8

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ドイツにはマイスター制度というものがある。
中世から連綿と続く、もの作りに関するエキスパートを育てる制度だ。

例えばヴァイオリン職人(マイスター)。
一端のヴァイオリンが作れるようになるのに、ドイツでは7年の歳月をかけている。
その方法はひどく実践的だ。

・7年の間、生活の全てをヴァイオリンを作ることのみ費やさなければならない。他の事はしてはいけない
・よって働いてはいけない
・そのためにある程度金を溜めなくてはいけない

物事をなすためには、働いたら負けということらしい。
私は漫画修行をするに当たって、このマイスター制度を取り入れた。
ニートではない。マイスターだ。その点を間違え貰っては困る。

なので私は漫画修行をしている間は、一切働かないことにした。どんなに小さなバイトすらしていない。
お金は全て原稿料で稼ぐと決めた。
働くとどうしても雑音が生じる。大抵の人はこの雑音と戦いながら物事を為すが、私はこれまでこの雑音に勝てたことは無かった。
これまでサラリーマンを続けつつ色々な資格や語学取得に挑戦したが、どれも中途半端だった。
なまじ働いていたから、今日は忙しかったから、疲れたから勉強しないなんて自分に言い訳が出来る環境があったから、甘えてしまった。
だから働かないことにしたのだ。マイスターだからな!
断じてニートではない。多分。

これはもう、度し難く愚かである。あほうである。だから誰にも勧められない。
どこかぶっ壊れてないと出来ない方法だ。

だがお陰で漫画修行は捗り原稿は完成、色々な編集部に持ち込むことにした…のが、このブログの始まりである。
何社か担当さんが付き、何度か没になった時のスペリオールでの打ち合わせ。

「はい、没ですね」
hide「残念。うーん、どういうのを描くと良いんでしょうかね」
「そうですね…hideさんはサラリーマン経験が長いからそれをネタにしてみては?」
hide「サラリーマン漫画ですか」
「サラリーマン経験の無い漫画家の方が描くサラリーマン漫画って、実際のサラリーマンが読むとどこか薄いんですよ」
hide「そういうものなのですか」
「そういうものなのです」
(一週間後)
hide「できました」
「ほほう、島耕作みたいな漫画ですか?或いは釣りバカみたいな?」
hide「製薬会社に勤める美人研究員がゴキブリを育てる漫画です」
「…………………………」

この漫画は結果的に原稿を完成させれば買い取りということになり、やがて完成原稿が本誌に載りデビューとなった。
作品名は「東京昆虫ムスメ」。
脱サラして1年半くらいの年月が経っていた。

リーマン時代について非常に長ったらしく書いてきたので、漫画修行についてもデビューまで色々紆余曲折あるんじゃないかと自分でも思っていたのだが、実はそう起伏は無い。
してきたことといえば漫画を描くことだけだからだ。
「東京昆虫ムスメ」も実は原稿買取決定してから原稿を書くも、絵が下手すぎて「約束だから買い取るけどこれじゃぁちょっと載せられないなぁ」になった。
なので全ページしれっと描き直して再提出して、無理矢理掲載をもぎ取った。
コケの一念というヤツだが、それが通用する世界と言うのも今時珍しいかもしれない。

ちなみにスペリオールで見ていただいた没ネームと同じものをモーニングに見ていただいたときの様子

「はい、没ですね」
hide「残念。うーん、どういうのを描くと良いんでしょうかね」
知りません
hide「…」
hide「ちなみにこの没原稿はどこか悪かったですか?」
わかりません
hide「…」

演劇の世界では舞台監督が役者に対して言う言葉は良いかダメかの二つだけで、ダメな理由は役者自身が考えないと成長が無いとの事だが、それだろうか。

厳しい世界といえば厳しいのかもしれないが、本当の厳しさは連載して数字勝負になってからで、ここまではサラリーマン世界と比べれば実に優しい。
何しろ漫画は描きさえすれば、どこの編集部の誰にでも読んでもらえるのである。
普通の会社だと、何のバックボーンも無い人間がいきなり企画を持ち込んだところでまず追い出される。
一端の社会人が会社の奥にずかずかと土足で入り込んで企画を見てもらえる事自体、少なくとも自分にとっては奇跡である。
サラリーマン時代は会社の体力的に企画を立てることすら難しかった。歩くことすらままならなかった。
少なくとも歩き続けることが許されるこの世界は、随分優しい(ここまでは)。

さて、デビューすると、次は連載を目指してネームを練っていくことになる。
デビュー後の新人が連載を取る方法は大体二つあり、一つは連載ネームを持って担当さんが編集部のエライ人に直にプレゼン。
もう一つが「新人限定」「料理漫画限定」など、そのときの雑誌の編集方針に合わせた作家と作品を集めて連載を決める連載コンペだ。
私はデビューに前後して連載ネームをバシバシ描いていたが、どうも編集長の厚い壁に跳ね返されてしまう。

そんな時、スペリオールで「ルートNEO」という、デビュー済み、短期連載済みの作家を集めて単行本一巻分を確約する連載コンペ企画が起こる。
脱サラ後は受賞すらしていないのに何故かデビューをしていた私もこのコンペに参加することになった。
このコンペの為の企画は色々考えたがどうもしっくり行かず、結局デビュー作「東京昆虫ムスメ」で勝負することにした。
読みきり版では主人公のカホは遠距離恋愛をしている設定だったが、この作品では男を知らない初心な女性ということにして多少商品性を上げることに。

コンペに参加したのは9名で、連載権を得るのは上位2名。
そして私は…3位だった。

惜しくも連載権獲得ならず…
だったのだが…
[ 2018/06/17 09:09 ] 企画 エッセイ | TB(0) | CM(0)

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