氷河期世代サラリーマンが脱サラして漫画家になるまで その3

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真夜中の二時にスピリッツ編集部から電話がかかってくる。
直感で受賞の電話と確信。準入選か入選、悪くても佳作…と確信していたのが、引っかかったのは奨励賞という下から二番目の賞だった。

奨励賞かー、ちぇっ思うものの、後からふつふつと喜びが沸いてくる。
そして授賞式に東京まで呼ばれ、担当さんが恐ろしく美人で、パーティーで浮かれまくりながら飯を食べ、宿泊の為に錦友館へと招待されるともうテンションマックス。
ちなみに錦友館という所は、小学館・集英社所属の新人漫画家がよく缶詰にされた由緒ある旅館で、ここから数々の大ヒット作家が生まれている。
今はもうないが、この当時漫画を少しでもかじっていれば鼻血が出るほどの聖地であった。
なので眠れるわけ無いのである。

10代という年齢において、「認められる」というイベントはその殆どが、部活や勉強など、大抵は学校が敷いたレールの延長にある。
一方漫画というのはそのレールの延長線上には無い。
故に例え底辺クラスとはいえ結果を出した事は、これまで余り大した人生を送ってないからこそ、余計に永久不変のモニュメントとなる。
自分にはこうしたクリエイティブな道こそ相応しい、というかこの道しか無いとインプリンティングされる。
後年ちばてつや先生がちばてつや賞の授賞式でこう仰っていた。
「どんなに小さな賞であっても、受賞すれば、その人の人生は間違いなく変わります」
すっかり変わっちまったよ!

さて、受賞するとどうなるかというと、今度はよりグレードの高い漫画賞で受賞を狙う為に、担当さんと一緒に漫画を作りこんでいくことになる。
私が受賞したのはスピリッツ賞という月例賞であり、月例賞というのはどの雑誌でも一番グレードが低い。
その後半年毎にあるグレードの高い賞(小学館で言う新人コミック大賞、講談社でいう四季賞・ちばてつや賞、集英社で言う手塚賞・赤塚賞等)で結果を出してデビュー…
というのが漫画家になるためのオーソドックスなコースだ。

そこでグレードの高い賞に出すための次の作品を描いてと言われる訳だが…描けないのである
元々漫画家目指して一生懸命ネームを描き溜めていたわけでなく、たまたま出来上がったネームを使っただけなのでストックは皆無。
何とかひねり出して送ると、今度は「ここがわからない」「ここが面白くない」「だからこうしたら?」と担当さんガンガン提案される。
その提案でピンと来れば良いのだが、大抵はピンと来ず、それって面白いのかなぁとモヤモヤ思いつつその通りに直す。
すると当然コマの流れや話の整合性がおかしくなるので、それをひたすら繕うパズルゲームが始まる。
やっとこさ直しを終えるが、元々腑に落ちないまま直したものであり、ただでさえつまらなかったものが更につまらなくなっている気がする。
でも担当さんがそうしろと言ったのだから、自分としては面白くないのだが業界的には面白いのだろうと思って送ると、「受賞作から更に劣化してどうするの?」になる。
やってられるか、うがー!になる。
これは典型的なダメ新人のパターンである。

この場合担当さんの提案どおり漫画を作る必要は、全く無い。
私は後年企画の仕事をすることになるので今にして思えばよくわかるのだが、提案というのは飽くまで思考の取っ掛かりだ。
提案する方もそれがベストと思って提案しているわけでない。それをこちらが受け取って咀嚼して膨らませてより良い答えを出すことを、相手は期待している。
例えデビューすらしていない段階であっても、描き手が編集者に思考を委ねてはいけない。考えるのがこちらの仕事だからだ。
なので「女の子に魅力がないからおっぱい大きくして」と担当さんに言われたからといって、おっぱいを大きくする必要は無いのだ。
重要なのは魅力が無いという部分であり、魅力を上げる為に性格やエピソードで訴求すれば良く、貧乳好きなら無理して巨乳を描かず、ほとばしるパトスで貧乳を描けば良いだけなのだ。
それで良いものが出来れば、「なんで俺の言うとおりおっぱいでかくしないんだよ!」と言う編集者はまずいないし、もしいたらとっとと移籍した方が良い。

だが20歳になったばかりの若造には「提案」という言葉の意味がよくわからない。
それは「命令」と思ってしまうのだ。
なのでドツボに嵌る。次第に漫画を描くことが面倒になってくる。これは悪い流れである。なんとか流れを戻さなければ。
とりあえずインプットが圧倒的に足りない。スピリッツは青年誌だからやっぱり青春しまくらないといかんだろう。
というわけで遅ればせながら青春しまくる。馬術部に入り人間関係も広がりキャッキャウフフする。
すると漫画なんて描いている場合じゃないのである。
元々飽きっぽい私はスピリッツはその他色々あって1年でフェードアウトし、それから約18年、漫画から離れることになる。

漫画の事はすっかり頭から抜け落ち、やがて就職シーズンが来る。
だが…その年は既にバブルが崩壊して久しく、就職戦線は絶対零度の吹雪吹き荒れる超氷河期であった。
それでも事前に準備してきたなら未だ良い。
事実私の大学の同期は堅実に都市銀行員や公務員、NTTにトヨタに大手製薬会社のMRなど、みな優秀な結果を残している。
しかし私は漫画賞受賞で、(しょっぱい賞だったくせに)謎の万能感が生まれ、しかもバブル期先輩の悪いところのみ受け継ぎ、準備は全くしていなかった。

結果、落ちる、落ちる、落ちる、落ちまくる。どこにも、どっこにも就職できない
50社くらい受けて全て落ちた。

変わらないと思っていた。
景気はいつまでもそれなりの線を維持すると。
日本企業の国際競争力はいつまでもそれなりの利益を出し新卒もちゃんと取ると。
それなりの大学に入学すれば、それだけでそれなりの所に就職できると。
けれど入学して4年、時代はすっかり変わっていた。

結局、私が内定を貰ったのは先物取引の会社とテレアポの会社のみ。
コテコテである。
これは時代のせいも多少はあるだろうが、バブル期だろうが氷河期だろうが何だろうが、積み上げてこなかった人間に未来は無い。
典型的な「何も積み上げてこなかった人間」の末路であった。

無論、職に貴賎は無い。先物取引もテレアポも現代経済には必須の職種だ。
入ればそれなりに誇りも持てる、かもしれない。

だが、先物取引会社の内定式の日…
[ 2018/06/11 08:02 ] 企画 エッセイ | TB(0) | CM(0)

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