氷河期世代サラリーマンが脱サラして漫画家になるまで その2

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中学生になった。
時はバブル期終盤。世の中全体にまだまだ駘蕩としたお気楽さがあった。
多少は景気は減速しているようだが、そんなに世の中は変わらないだろう、というか、変わるという発想すらなかった。
日本製の家電製品・鉄鋼・船舶・自動車・ロボット等は世界を席巻し、ドラゴンボール・聖闘士星矢など日本発コンテンツも世界的に絶好調。
ゲームのハードソフトシェアもぶっちぎりで世界一。
これが当たり前の世界で、それは永遠に続くと思っていた。
全体的になんとなく万能感があり、「夢を持て」「夢を持てないヤツはダサイ」、そういわれていた時代だ。

そんな時代なのに当時の私の将来の夢は「公務員」だった。
元来飽きっぽいこともあり、小学生時代あれほど嵌った妄想の漫画化も既にやらず、「女神転生」と言うワードもすっかり頭から消えていた。
実に堅実な子供であり、それは変わらないと思っていた。
思っていたのだが…

* * *

中学・高校はともに、自宅(愛知住まい)から自転車で10分の普通の公立学校だ。

上にも書いたが妄想することすら既に飽きていたのだが、ただ模写、というか落書きはそれなりに続ける。
よく描いたのは萩原一至先生「バスタード」、上条敦士先生「TO-Y」、北条司先生「シティーハンター」あたりだろうか。
困るのが受験期であり、問題集の余白を見るとすぐそこに漫画の落書きをしまくっていた。

大学受験の時なぞ勉強そっちのけで英和辞典や問題集に柔道の一本背負い、あるいは女の子が着替えるパラパラ漫画を描いていた。
そんなわけだから大学の第一志望は当然落ちる。というか落ちた、と思う。

何故「思う」という言い回しなのかというと、第一志望は名古屋大学というところだったのだが、この大学は丘の上にある。
合格発表の日、その坂をドキドキしながら登っていた所、帰りがけの友人に「お前、落ちてたよ」と言われて、ショックでそのまま結果を見ずに坂を下り家に帰った。
なので合格発表は見に行っていないのだ。
ひょっとしたら受かっていたのかもしれないが、今漫画家をしている自分を顧みるに、受かって居ようが居まいが余り意味は無さそうである。

で、入学したのは第二志望の、家から電車で10分の名古屋市立大学経済学部という、全国的に見ればごく普通の公立大学。
なのだが、愛知近辺に限って言えばそこそこではあるし、どうせ地元で就職するだろうからここに入りさえすれば就職は何とかなるだろうと思っていた。
時はバブル崩壊直後。その余波はまだ学生には降りかかっておらず、先輩のバブル学生のお気楽さを当時の私はトレースしていたのだ。
4年後、そのせいで私は地獄を見るのだが、その話はまた後ほど。

名古屋市立大学というところは全国的に第一志望に落ちた連中の集まりみたいなところがあり、全体的にお通夜とまでは言わないがどことなく諸行無常の空気が流れている。
その空気に流されてしまったのか、私は部活もバイトもせず、授業もロクに参加しないという、実に気だるい大学生活が始まってしまった。
すると時間だけは出来るので、ネーム(漫画の設計図みたいなもの)らしきものを5~6ページ描いては飽きてやめるというのを繰り返していた。
だが働かねば金が無い。だがバイトは面倒。どうすべきかうーんとゴロゴロしていると…
父親がビッグコミックを持ってきてのたまう

父「最近の漫画賞は入選すると300万円もらえるらしいぞ!」
hide「マジで!?

見るとそれは新人コミック大賞と呼ばれる賞であり、特別大賞という一番上の賞の賞金がなんと300万円だという。
バイトに出ずに家にこもって漫画描いて300万とか最高じゃん!
漫画ってよくわからないけどなんか描くの楽そうだし!
無知ほど行動の原動力になるのものは無いなぁと、この時や脱サラ時を振り返って切に思う。

運が良いことに(あるいは悪いことに)手元には、いつもは5~6ページで脱落していたのにたまたま33ページで最後まで描けたネームがある。
これを元手に、生まれて初めてGペンを握って、漫画を描いた。
ところが犬を散歩していて転んで指を怪我してしまい、新人コミック大賞には締め切りが間に合わなくなる。

はて困ったぞ、どこか他に送る所は無いだろうか?
ちなみに少年誌は最初から眼中になかった。
別にいい歳(当時19歳)こいて少年誌なんぞに漫画を描けるか!とイキッていたわけではなく、少年誌は絵が上手くないと難しそうだなぁという、極めてネガティブかつ堅実な観測による。
この辺実に私らしい。

だが送るなら、どうせなら一番元気な青年誌が良い。
そして当時一番元気の良かった雑誌がビッグコミックスピリッツだった。
当時のスピリッツは間違いなく最盛期だったろう。
「YAWARA!」「編集王」「東京大学物語」「東京ラブストーリー」等、人気作や話題作が非常に多くことごとくがドラマ化アニメ化されていた。
特筆すべきはギャグ漫画であり、「伝染るんです」「サルでも描けるまんが教室」のクオリティの高さは他の追随を許さなかった。

というわけでスピリッツにターゲットを絞り、怪我した指からだらだら流れる血をホワイトで消しつつ、血染めの原稿が完成。
送る。
そして約2週間後の夜中の2時。電話が懸かる。
スピリッツ編集部からであった――

この電話をきっかけに、変わるはずが無いと思っていた私の人生は、大きく変わることになる。
[ 2018/06/10 07:26 ] 企画 エッセイ | TB(0) | CM(0)

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